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伝説 ~Legend~

「天倫の桜」の物語のベースとなったのは「印旛沼の龍伝説」です。物語の中でも重要な位置を占めているこの伝説と龍について少し紹介したいと思います。
「印旛沼の龍伝説」には、いくつかのパターンがあることが知られています。その内容はおおむね次の通りに語られてきました。

印旛沼の龍伝説

昔、印旛沼の近くに人柄の良い人々が暮らすおだやかな村がありました。印旛沼の主である龍は、人間の姿になって村を訪ねては村の人々と楽しく過ごしていました。

ある年、印旛沼付近はひどい日照りに見舞われたため、村の人々は非常に困ってしまいます。雨乞いをしても効果はなく、田は干からびて、村の人々は死を覚悟しました。そのとき、印旛沼の龍が村に来て、人々から親切にしてもらった恩返しとして雨を降らせること、しかし大龍王が雨を止めているため、それに逆らって雨を降らせれば自分は体を裂かれて地上に落とされるだろうことを話し、姿を消しました。

間もなく空が雲に覆われて雨が降り出します。喜びもつかの間、村の人々は龍が天に昇って雲の中に消え、直後に雷鳴と共に閃いた稲妻の光の中で龍の体が三つに裂かれるのを見たのです。村の人々は印旛沼の龍の事を思って嘆き、翌日、皆で龍の体を探し出しました。

栄町の龍閣寺で2本の角が生えた龍の頭が見つかり、腹は印西の龍腹寺で、尾は匝瑳の龍尾寺で見つかりました。村の人々は、印旛沼の龍に深く感謝し、それぞれの寺で厚く供養しました。龍の頭が見つかった龍閣寺は、もともと龍女が建てたことで知られていましたが、このことがあって名前を「龍角寺」と改めたといいます。

この伝説は、龍がその身を犠牲にして、村の人々を救うという話ですが、龍とはいったいどのような存在だったのでしょうか?
龍は、中国を起源とする想像上の生き物で、鱗におおわれ、二本の角、耳、ひげ、四つの足を生やした大蛇に似た姿をしています。自由に空を飛び回り、天気を自在に支配する力を持つとされました。その偉大さから、中国王朝の皇帝のシンボルとしても扱われました。インドでは蛇の神である「ナーガ」と同一のイメージとして扱われ、仏教に関する書物にも「龍王」の名前が見られるなど、仏教の守護神としても信仰の対象となりました。

日本では、これらのイメージに日本古来の信仰が結びつき、「水の神」として民間信仰の対象となっていきました。人々は、大きな池や沼には主として龍が住むと考え、おそれうやまいました。そして、日照りなどは、水の神である龍の怒りによるものと考えられることもあったようです。これを鎮めるために、食べ物やイケニエを捧げたり、高僧が祈りを捧げたりする雨乞いが行われるようになります。また、龍と蛇は姿が似ていることから、蛇が龍の使いであったり、龍の代わりに大蛇が池や沼の主であったりと同一同種のものとみなされることもありました。
印旛沼の龍伝説は、こうした信仰をよく反映した代表例ととらえることができます。江戸時代の佐倉について書かれた『佐倉風土記』や『古今佐倉真佐子』といった文献にもこの伝説が語られていて、江戸時代の佐倉の人々の間で広く知られていたことがうかがわれます。このように「天倫の桜」は、古くから佐倉で語られた伝説をベースとしていることを知っていただくと、より物語を楽しむことができると思います。