戦国乱世の佐倉に関わった人物

更新日:2024年02月13日

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本佐倉城ゆかりの人々

千葉 孝胤(ちば のりたね)

千葉 勝胤(ちば かつたね)

千葉 胤冨(ちば たねとみ)

千葉 邦胤(ちば くにたね)

千葉 直重(ちば なおしげ)

臼井城の合戦にかかわった人々

太田 図書助資忠(おおた ずしょのすけ すけただ)

臼井城攻めで激闘

?〜文明11年(1479)

関東管領扇谷上杉氏の重臣太田道灌の弟。

文明10年(1478)に上杉方の太田道灌は、下総国国府台(市川市)に陣地を構え、古河公方方の千葉孝胤を境根原(柏市)で破りました。千葉孝胤は、臼井城に退却し、籠城しました。翌年に太田資忠は、千葉自胤(武蔵千葉氏)とともに臼井城攻撃を命じられ、周囲の諸城を攻略し、包囲を狭めていきました。

臼井城は防備が堅固であり、上杉方は一旦退却しようとしましたが、城内から追撃されました。上杉方も反撃し、臼井城は落城しましたが、太田資忠は、多くの武将とともに討死をとげました。

臼井城址公園の近くには「太田図書之墓」があります。

上杉 謙信(うえすぎ けんしん)

徳川家康関東入封後の佐倉市域の城主たち

北条 氏勝(ほうじょう うじかつ)

戦国を生き残り、近世大名に転身

酒井 家次(さかい いえつぐ)

最後の臼井城主

武田 信吉(たけだ のぶよし)

武田家の名跡を継いだ徳川家康の五男

松平 忠輝(まつだいら ただてる)

徳川家康の六男、後に改易、配流

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