長内 智 選手(デフ陸上競技/株式会社IMAGICA Lab.)インタビュー
東京2025デフリンピックへの出場を目指されている長内智選手(デフ陸上競技/株式会社IMAGICA Lab.名前の読み方はおさないさとし)。来年、日本で初めて開催されるデフリンピックに向けて、お話を伺いました。
コミュニケーションの壁にぶつかった中学生時代
元々バスケットボールをやっていた兄の影響で小学生の頃自分もバスケを始め、中学校でも、バスケ部に入りました。自分は、先天性の感音性難聴という障害があり、子どものころから補聴器をつけていましたが、補聴器をつけていると全ての音が大きく聞こえます。プレーするだけなら支障はなかったのですが、体育館でボールが弾む音だったり、応援の声だったり、様々な音が混ざってしまうので、監督の指示が聞こえなくなり苦労しました。また、応援の声出しのタイミングがわからず、それを周囲から責められてしまうなど辛い思いをしました。聴覚障害のことを自分から仲間に上手く伝えられずに思い悩み、中学2年生の時にバスケ部を退部。その後、陸上部に入りました。陸上競技は個人種目ですし、元々走るのは得意な方でした。顧問の先生も一対一で話を聞いてくれるなど理解があるかたで、とても楽しく練習に取り組むことができました。
陸上を始めて数か月で千葉県総合体育大会に出場して、800mで優勝してしまい、標準記録も突破して全国大会にも出場できました。そのことが頑張ろうと思うようになった大きなきっかけですね。中学時代は、駅伝もやっていたんですけど、駅伝の練習は路上で行います。いつ車が後方から来るのかわからず、怖かったですね。また、雨の日だと補聴器が壊れてしまうので、外さなくてはいけません。その時は、スタートの合図が聞こえないので、他の選手が走り出したことを目で確認していました。補聴器を外すと、足で地面を蹴るリズムが掴めず、左右のバランスが崩れてしまって調子を崩してしまいました。聞こえていれば無意識かもしれませんが、音の大事さを改めて感じさせられた瞬間でした。
誰もが生きやすい世界を目標に、デフ陸上でプロ選手の道へ

それから、大学で陸上を一度辞めて、ショッピングモールで受付の仕事をしました。店内に流れる音楽などが理由で、お客様とコミュニケーションをとる難しさを感じましたね。仕事上のミスではなく、聞こえないことについて「何で聞こえないの?」とか、「他の人に代わって」といったクレームを受けたことがありました。その時はとても悔しさを感じ、何だか生きにくい世界だなと思いました。障害のあるかたが自分と同じような辛い思いをしないよう、デフ陸上の世界で自分がプロのアスリートとして活躍し、さまざまな情報を発信し続けることによって、これからの若い人たち、障害のある子どもたちが生きやすい社会ができるのではないかと思いました。
来年、2025年に開催される第25回デフリンピックは東京で開催が決まっているので、これがもう本当に一番大きなチャンスだと思って、大会の出場に向けて今頑張っています。出場を目指している種目は、400mと4×400mですね。デフ陸上におけるバトンパスは声が聞こえないので、次の走者と相談して歩数を決めます。例えば走りはじめてから8歩と決めてバトンを渡します。声が聞こえないなら、心で合図を出そうと。我々は「心のバトン」と呼んでいます。
東京2025デフリンピックの舞台で伝える感謝の気持ち

2017年、トルコのサムスンで行われたデフリンピックに日本代表として初めて出場することができたんですけど、大会中に怪我をしてしまい、400mは準決勝で敗退。4×400mリレーの決勝はメンバー漏れとなってしまうなど、納得のいかない結果となりました。そこからはスランプや怪我に苦しみ、世界選手権や、2022年にブラジルで開催されたデフリンピックには出場できませんでした。良い結果が出ず、日本代表の選考からも漏れてしまうようになり、その時に、陸上はもう引退しようと考えました。その時に、所属先の社長から「まだ競技を続けてみんなに走る姿を見せて欲しい。頑張って!!」と励ましのメールをいただきました。そして、一緒にリレーで出場していたメンバーから「次は一緒に出場してメダルを取ろう!」と声をかけてくれました。苦しいときに温かく励ましてもらったことが、いまだに競技を続けるモチベーションになっています。
スランプから抜け出すために、何かきっかけが必要だなと思って、誰かに指導してもらうのではなく、自分で自分をコーチングするようにしたら、記録が戻り、スランプから抜け出すことができました。自分に合った練習スタイルを見つけることができたので、このやり方で東京デフリンピックに向けて練習していきたいなと思っています。
ホームグラウンド・岩名陸上競技場に新たな歴史を刻むために
両親は、中学時代からほとんどの大会を色々な場所に見に来てくれました。今でも自分が走っている姿を見せ続けることができているので、来年のデフリンピックでは、最高の舞台で良い姿を見せたいなと思っています。楽しかったと、ありがとうと伝えたいですね。
陸上を始めてからずっと練習場所としている岩名運動公園の陸上競技場(現・小出義雄記念陸上競技場)は、とても恵まれた環境だと思っています。振り返ると、本当に佐倉市に育てていただいたと感じます。引き続きデフリンピックに向けて岩名で良い練習ができればいいですね。岩名の陸上競技場といえば、小出義雄監督や、高橋尚子さんが練習されていたとても歴史がある競技場なので、そこに私もぜひ歴史を刻みたいと思っています!
昨年、初めて佐倉市で子ども向けの陸上教室を開催させていただき、佐倉市への恩返しの第一歩になったかなと感じました。子どもたちも純粋に自分の話を聞いてくれて、まだまだ佐倉の子どもたちに伝えたいことがいっぱいありますが、一人一人の縁を結んでいくことって本当に非常に大事だなと感じました。これからも自分の経験を伝えるこのような活動を続けていきたいなと思っています。
障害の有無に関わらず、誰もが生きやすい世界にしていくためには、相手の気持ちを考えてコミュニケーションをとることが必要だと思います。例えば自分に障害があったら、どう声をかけられたら救われるのか、どう声をかけられたら傷つくのかというのを、みんなで考えることが一番大切だと思います。あとは、本当に知らない人は知らずに傷つけるような言葉を言ってしまうと思うので、「まず知ってもらうこと」と「相手の立場になって考えてみる」ということの2つがポイントだと思いますね。最近は、デフ陸上を通して自分が知らなかった聴覚障害のことも知ることができたので、デフリンピックまでは陸上に集中したいと思いますが、またいつか、バスケットボールにも再挑戦してみたいなという気持ちが芽生えてきています!
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電話番号:043-484-4164
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更新日:2024年12月16日