ページの先頭です
メニューの終端です。

【佐倉市市制施行60周年記念】佐倉の歴史 「佐倉市誕生」

[2014年4月28日]

ID:11204

ソーシャルサイトへのリンクは別ウィンドウで開きます

【佐倉市市制施行60周年記念】佐倉の歴史 「佐倉市誕生」

 

佐倉市は昭和29年3月31日、6町村の合併により誕生しました。
合併当時の人口は3万5196 人、平成26年3月31日現在では人口17万5575人に。
今では県内で8番目の人口を擁する都市に発展した佐倉市の60年を振り返ります。

 

佐倉市誕生  県下12番目の市として

合併の背景

 戦後、様々な法律が整備され、地方自治制度の充実が図られるのに伴い、市町村の地位は高まりました。
 しかし、国の予算が急激に引き締められ、地方交付金などが大幅に削減されたため、財政難に陥る小さな町村が増えました。
 こうした状況の中、昭和28年(1953)に地方自治体の行政基盤の確立などを目的として「町村合併促進法」が公布されました。

【市制承認を知らせた電報】
「佐倉市設置、自治庁承認す」昭和29年3月13 日佐倉町長あてに届けられた電報。この承認を受け、3月31 日、佐倉は市としての歴史をスタートさせました。

初めは5町村だった合併構想

 印旛郡では、小規模な合併・編入は行われていましたが、複数の町村に及ぶような合併は行われておらず、佐倉と成田が先鞭(せんべん)をつけることとなりました。
 合併については当初、佐倉町・臼井町・酒々井町・和田村・根郷村の5 町村で検討が進められていました。しかし、酒々井町は成田町との合併も考慮していたためか、この合併には消極的でした。そこで、酒々井町を除く4町村で合併を進めることとなり、昭和28年の終わりには弥富村が合併に加わることが決まりました。
 このころから、佐倉市への「市制構想」が現実味を帯びてきました。

昭和30年ごろの佐倉市役所

【昭和30年ごろの佐倉市役所】
合併当初は、旧川崎銀行佐倉支店を市庁舎として利用していました。現在の庁舎に移ったのは昭和46年です。

志津村を加えて「市制施行」へ

 当時、市制施行のためには、3万人以上の人口が必要でした。この時点で合併に前向きな5町村の人口の合計は、2万9000人余り。市制施行には若干足りませんでした。
 このため、佐倉か成田かで意見が二分していた酒々井町ではなく、当時阿蘇村(現八千代市)との合併交渉に行き詰まっていた志津村に白羽の矢が立ちました。
 昭和29年(1954)2月の佐倉町議会において、当時の佐倉町長は市制施行を提案。議会の賛同を得て市制施行促進本部が設置され、関係町村へ議員が派遣されました。
 その後も様々な困難があり、市制施行が危ぶまれることもありましたが、志津村との交渉を何度となく重ね、ようやく意見の一致を見ました。
 昭和29年、各町村の3月議会では、満場一致で町村の廃止と佐倉市の設置が可決され、ここに佐倉市が県下12 番目の市として産声をあげたのです。
 現在の市の7 地区は、合併当時の旧町村が基盤となっています。

【道路舗装工事の様子】(昭和38年)
合併当時、悩みのタネは市内の道の悪さでした。雨が降ると泥沼のようになり、歩くのにも苦労したそうです。

 

(この記事は、「こうほう佐倉」平成16年3月1日号(944号)から転載したものです)

関連コンテンツ

【佐倉市市制施行60周年記念】佐倉の歴史 「佐倉市誕生」

ご意見をお聞かせください

このページは役に立ちましたか?

このページは見つけやすかったですか?

お問い合わせ

佐倉市役所[企画政策部]企画政策課

電話: 043-484-3374

ファクス: 043-486-8720

電話番号のかけ間違いにご注意ください!

お問い合わせフォーム


【佐倉市市制施行60周年記念】佐倉の歴史 「佐倉市誕生」への別ルート

ページの先頭へ

Copyrightc Sakura City. All rights reserved.